遺骨を納めるため?三重塔や五重塔は何のために建てられたのか

塔でいちばん有名なものといえば、奈良の法隆寺にある五重塔でしょうか。約31.5メートル(基檀-きだん-を除く)の高さをもつ日本最古の木造の塔で、初重の内部では、東西南北のそれぞれの面で、お釈迦さまにまつわる話が塑像-そぞう-(心木に粘土を盛りつけ、彩色した像)を用いて紹介されています。

また同じ奈良の興福寺(こうふくじ)にも五重塔がありますが、明治時代の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の際には興福寺自体が廃寺になり、塔は25円(現在の約75万円。なお、明治五年の入浴料一銭五厘をもとに換算)で売却されそうになったといいます。

それを、住民の反対によりくい止め、破壊は免れたようです。お寺や壇信徒(だんしんと)にとっては大切な塔ですが、そもそも塔が建てられる理由はどこにあるのでしょうか。塔(ストゥーパ)とは、お釈迦さまの遺骨(「舎利(しゃり)」という)を納めるためのものです。

お釈迦さまが活躍したインドでは、メロンパンのような、半円球の形をしているのが、遺骨を納める建物のそもそもの形でした。世界遺産にもなっているサーンチー(インド中部)にある塔を見るとそれがよくわかります。半円球の塔には基喧ができ、頂上には傘蓋-さんがい-(傘を幾重にもしたような形の飾り)がつけられるようになりました。

仏教がインドから中央アジアを通って中国に伝わると、塔の形も変わっていました。中国に仏教が伝わったのは漢の時代です。後漢時代(20~220)の末、相輪-そうりん-(塔の上につけられる、九重の飾りをもつ柱)がついた二重楼閣(ろうかく)が建てられたという文献も見られることから、この時代から楼閣建築を用いて塔がつくられる1つになったようです。

そして六世紀に日本に仏教が伝えられると、日本では木造の塔が建てられるようになります。塔が木を用いてつくられたのは、やはり多湿の日本の風土に最適だったからでしょう。ちなみに、層は三重塔がもっとも多く、五重塔がそれに続きます。奈良県多武峰(とうのみね)の談山神社(だんざんじんじゃ)には、世界で唯一の十三重塔(高さ17メートル)という珍しい塔もあります。

— posted by 吉金 at 05:13 pm