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「保険の見直し」で得をする人、損をする人の違いとは?「地震保険」には入るべきか否か?

「保険の見直し」で得をする人、損をする人の違いとは?

「保険の転換」とは、今入っている保険を下取りに出して新しく保険に入り直すことをいう。「新商品ができたから前の保険を見直してみましょうか?」と保険会社の担当から連絡が来たら、それこそが「転換のご案内」かもしれない。

ところが、そのような保険の転換には気を付けておきたいことがある。新しく勧められる保険は新たな特約も色々と付いた保障内容になるので、ちょっと見たところではより良く見えるものだ。

ところが生命保険は基本的に加入する時点の年齢で保険料が決まってくるもの。つまり新しい保険は保険料が割高になる可能性が高いということになる。古くから契約していて保険料が割安な保険は解約や転換をしないほうが無難かもしれないのだ。

むしろ結婚や出産といったときこそ保険を見直す良いタイミングだ。子供が小さいうちに何かあった場合に備えて保険料を抑えてみたり、また、夫への死亡保障を増やすことも検討してみてもいい。そういった内容こそ保険のプロである保険会社の担当に自分の方から相談してみるべきなのだ。

親の代から長いつき合いのあるセールスレディーが引き続き自分の保険の担当になっているケースも多い。新商品が出ると営業のアポイントを取るための電話が頻繁に掛かってきたりする。時にはお中元やお歳暮が贈られてくることさえあるだろう。だからといって義理やつき合いで勧められるがままではなく保障内容などをしっかり理解したうえで契約したいものだ。

「地震保険」には入るべきか否か?

「地震大国」といわれるだけあって日本の地震保険の保険料は世界でもトップクラスだ。大地震の被害のニュースを見るたびに「万が一に備えておかなくては!」という思いに駆られる人も少なくないだろう。

(社)日本損害保険協会によると火災保険の加入率は国内の全世帯の約60%なのに対して地震保険は20%そこそこで、まだまだ一般的なものとはいえない数字なのだ。果たしてこの地震保険、入っておいた方がいいのだろうか?

意外と知られていないが、そもそも地震保険は国と民間の損害保険会社の共同運営によって成り立っている。地震による被害は甚大なため、とても民間の保険会社の保障だけで賄うことはできないからである。

しかし、仮に巨大地震が起きたとしても損害保険会社が支払う金額には限度額が決められており、国の負担金と合わせても5兆5,000億円どまりである。

仮に1世帯につき1,000万円の契約だったとしても55万世帯分にしかならない。東京の世帯数が600万を超えている現在、これは十分な数字といえるのだろうか?さらに被害状況によっては保険金が減額される可能性もあるという。

ところで、この地震保険、単独で加入することはできず、必ず火災保険とセットで契約することになっている。火災保険の申込書に「地震保険は申し込まない」旨の印を付ける欄があるのを覚えている人もいるだろう。その証拠に阪神・淡路大震災では火災による被害者が続出したほど、都市部での地震被害の最たるものは火災である。

実は地震によって起こった火災は火災保険では対象外になる。地震保険に入っていて、はじめて補償されることになるのだ。地震保険の加入に関しては、自分が住んでいる地域の「危険性」などもよく検討した上で判断したいものだ。

— posted by 吉金 at 04:13 pm  

一家の主なら教育費を知っておくべき!子どもの夢を把握して教育費の準備を

お子さんがいるなら、教育費も必ずかかってくるお金ですね。全て奥さんに任せっきりで教育費がどれくらいかかっているかを把握していない方は要注意です。今からでも遅くはありません。教育費に関してちゃんと知っておきましょう。教育資金は必要な時期と金額が大体予測できる性格のお金です。ですので、今後どれくらいかかるかを把握して、それに向けて準備していくことがポイントです。まずは、平均でどれだけかかっているかを見ていきましょう。

文部科学省の「子どもの学習費調査」(平成18年度)で見ると、学校教育費、学校給食費、学校外活動費を含めた年間の学習費総額は小学校の場合、公立で33万4,134円、私立では137万3,184円。中学校は公立で47万1,752円、私立は126万9,391円となっています。

私立の小中学校は公立の3~4倍

小学校、中学校の場合、公立では、教育費は大体月に3万~4万円というところです。小学校、中学校でかかっているお金は学校外活動費の割合が大きいので、塾や習い事にどれだけ通わせるかで違ってきます。私立の場合は、公立の3倍から4倍の教育費がかかっていますので、それなりの家計の負担を考えて準備しておくべきでしょう。

高校の場合の学習費総額は、公立で52万503円、私立で104万5,234円。やはり私立は倍かかります。ただ、高校の教育費に関しては、今後、変わる可能性があります。民主党はマニフェストで、平成22年度から公立高校を実質無償化するとしています。全国平均の高校の授業料でみると年間30万円程度がかからなくなる見込み。私立高校生にも授業料を年30万~24万円程度補助するとしています。

大きいのは大学の教育費です。国立大学(昼間部)の場合、標準で、入学金が28万2,000円、年間の授業料は53万5,800円となっています(国立大学等の授業料その他の費用に関する省令)。

教育資金は計画的に貯めていく

文部省の資料によると、私立の場合は文科系の学部の場合、平均で入学金が25万8,700円、授業料が73万4,052円、施設設備費が15万5,995円で、初年度は約115万円かかっています。医科や歯科だと初年度は平均で500万円ほどかかっています。更に、家を出て下宿やアパート住まいになると、大学生の生活費の平均は年間で12万6,900円(「平成18年度学生生活調査」独立行政法人日本学生支援機構)。学費の他に月10万円ほどが必要になるということですね。

何百万円のお金を急に用意することは難しいので計画的に貯めていくことが必要というわけです。子どもがどんな道に進むかによって教育費は変わってくるわけですが、日頃から子どもの将来の夢をちゃんと知っているなら教育費のことも予定が立てられると思います。そういう役割を担うことも、一家の主人として大事ですね。

— posted by 吉金 at 02:21 pm  

遺骨を納めるため?三重塔や五重塔は何のために建てられたのか

塔でいちばん有名なものといえば、奈良の法隆寺にある五重塔でしょうか。約31.5メートル(基檀-きだん-を除く)の高さをもつ日本最古の木造の塔で、初重の内部では、東西南北のそれぞれの面で、お釈迦さまにまつわる話が塑像-そぞう-(心木に粘土を盛りつけ、彩色した像)を用いて紹介されています。

また同じ奈良の興福寺(こうふくじ)にも五重塔がありますが、明治時代の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の際には興福寺自体が廃寺になり、塔は25円(現在の約75万円。なお、明治五年の入浴料一銭五厘をもとに換算)で売却されそうになったといいます。

それを、住民の反対によりくい止め、破壊は免れたようです。お寺や壇信徒(だんしんと)にとっては大切な塔ですが、そもそも塔が建てられる理由はどこにあるのでしょうか。塔(ストゥーパ)とは、お釈迦さまの遺骨(「舎利(しゃり)」という)を納めるためのものです。

お釈迦さまが活躍したインドでは、メロンパンのような、半円球の形をしているのが、遺骨を納める建物のそもそもの形でした。世界遺産にもなっているサーンチー(インド中部)にある塔を見るとそれがよくわかります。半円球の塔には基喧ができ、頂上には傘蓋-さんがい-(傘を幾重にもしたような形の飾り)がつけられるようになりました。

仏教がインドから中央アジアを通って中国に伝わると、塔の形も変わっていました。中国に仏教が伝わったのは漢の時代です。後漢時代(20~220)の末、相輪-そうりん-(塔の上につけられる、九重の飾りをもつ柱)がついた二重楼閣(ろうかく)が建てられたという文献も見られることから、この時代から楼閣建築を用いて塔がつくられる1つになったようです。

そして六世紀に日本に仏教が伝えられると、日本では木造の塔が建てられるようになります。塔が木を用いてつくられたのは、やはり多湿の日本の風土に最適だったからでしょう。ちなみに、層は三重塔がもっとも多く、五重塔がそれに続きます。奈良県多武峰(とうのみね)の談山神社(だんざんじんじゃ)には、世界で唯一の十三重塔(高さ17メートル)という珍しい塔もあります。

— posted by 吉金 at 04:59 pm  

お釈迦様は本当に実在したの?学術的な裏づけとは

伝記の類いがさまざまあることから、かつてはお釈迦様の実在を疑問視していた時代もありましたが、学術的調査や資料的な裏付けによりその実在が確認されています。お釈迦様の名前は姓はゴーダマ、名はシッダルータと言います。父のスットダーナと母のマーヤーの長男としてヒマラヤ山の麓にあるルンビニーで生まれ80歳で入滅しました。

誕生した年代については諸説ありますが、日本では北伝仏教の伝承に基づいてインドのアショーカ王の即位年を手掛かりとして算出された前463~前383年とする説が有力となっています。1896年ルンビニーでアショーカ王の石柱が発見され、その碑文の解読などから同地がお釈迦様の誕生地であることが確定しました。

— posted by 吉金 at 06:02 pm  

切っても切れないお寺と鐘の関係

夕暮れに響く鐘の音は、日本人の原風景として心にあります。また除夜(じょや)の鐘は、大晦日の日本の風物詩といってもいいでしょう。それほど、お寺と鐘は切っても切り離せない関係にあります。鐘は「梵鐘」ともいわれ、梵はサンスクリット語の「ブラフマン」の音写で、すべてのものの本質をなすと思われる原理を指し、仏教ではもっとも尊いものに「梵」をつけることがあります。梵鐘は、インド発祥の鐘、といった意味です。

鐘には「喚鐘(かんしょう)」というのがあり、「半鐘(はんしょう)」ともよばれ、ときを知らせるために打つ鐘のことです。つまり、いまのお寺にある鐘も、そもそもはときを知らせるためのものだったのです。インドのお寺では僧侶を集めるときに、木の板を鳴らしていました。それがインドから中国へ伝わると銅製になったようです。

中国では後周時代-ごしゅうじだい-(951~960)頃から鐘がさかんにつくられるようになり、日本へは仏教の伝来とともに朝鮮経由で入ってきました。なお、国産で最古の鐘は京都の妙心寺(みょうしんじ)にあり、文武(もんむ)二年(698)につくられたものです。その他、古い梵鐘には興福寺(727)、劔神社-つるぎじんじゃ-(福岡県丹生郡、770)、西光寺-さいこうじ-(福岡県福岡市、839)のものなどがあります。

— posted by 吉金 at 12:00 pm